5.年表
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1933年11月 |
設立認可。基金100万円。事務所を東京海上ビルに置く。 |
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1935年 8月 |
機関誌「損害保険研究」創刊 |
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1944年12月 |
「損害保険研究」(10巻4号)発行。以後休刊(1949年復刊)。 |
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1945年 5月 |
空襲により事務所を全焼 |
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9月 |
大森区新井宿に仮事務所設置 |
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1946年 2月 |
志田文庫の寄贈を受ける |
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1947年 8月 |
寄附行為を変更(理事定員の増員、損保会社全社の代表者を理事に選任) |
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9月 |
当研究所の経営につき日本損害保険協会の支援を受けることとなった |
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1948年 4月 |
事務所を中央区日本橋の大東京火災ビルヘ移転 |
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1951年 6月 |
事務所を千代田区神田淡路町の損保会館へ移転 |
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1953年 9月 |
東京損害保険請座(本科、研究科)を開設 |
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1954年 6月 |
関西損害保険講座(本科)を開設 |
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1959年 4月 |
関西損害保険講座(研究科)を開設 |
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1962年 4月 |
Swiss Insurance Training Centre(S.I.T.C.)ヘ研修生派遺開始 |
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1963年 5月 |
第1回高校生懸賞作文募集開始 |
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7月 |
太平洋保険学校(I.S.P.)開設 |
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11月 |
著書論文表彰制度(各務賞)創設(1990年まで実施) |
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1964年 4月 |
保険法研究会発足(後に、損害保険法制研究会と改称。1995年12月に解散) |
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7月 |
第2回太平洋保険学校(I.S.P.)から事前研修業務を担当 |
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1965年 1月 |
日本保険学会事務局を生命保険協会から引継ぐ(1980年3月まで担当) |
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8月 |
福岡損害保険講座(本科)を開設 |
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1968年 8月 |
通信講座(本科)を開設 |
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1969年 4月 |
事務所を千代田区神田駿河台の旧東亜火災ビルへ移転 |
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1969年 7月 |
名古屋損害保険講座(本科)を開設 |
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1970年 4月 |
通信講座(研究科)を開設 |
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1972年 7月 |
日本国際保険学校(I.S.J.)を開設 |
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10月 |
損害保険研究振興資金(図書費援助)設置(1992年まで実施) |
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1980年 6月 |
米国CPCUの試験監督代行開始 |
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1988年 8月 |
事務所を千代田区外神田ロクゴウビルへ移転 |
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1990年 4月 |
寄附行為を変更(会長職設置、役員増員)。名称を「財団法人損害保険事業総合研究所」に変更、同年海外研修部、研究部を設置。 |
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1991年 4月 |
研究部を拡充して研究第一部、同第二部とした(2000年3月まで2部体制) |
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5月 |
I.S.J.上級コースを新設(従来のコースを一般コースと呼称) |
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1993年 3月 |
基本金10億円となる |
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4月 |
損害保険研究費助成制度創設 |
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6月 |
I.S.J.海外セミナーを開設し、一般コース、上級コースと併せ3コースとした |
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1995年 4月 |
英国CIIの試験監督代行開始 |
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1996年 4月 |
日本保険学会事務局を生命保険協会から引継ぐ |
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1998年 4月 |
ロクゴウビル、東亜・三協ビルから損保会館への事務室の移転が完了。図書室を除く部門を1ケ所に集約した。 |
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1999年 8月 |
寄附行為を変更(理事・評議員の定数、理事会・評議員会の権能の変更他) |
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10月 |
第3回Asia Insurance Industry Awardの保険研修機関部門で当研究所のISJ活動が受賞 |
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2000年 3月 |
福岡損害保険講座(本科)を廃止。研究部を1部体制に戻す。 |
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6月 |
インターネット・ホームページ開設。インターネットによる図書検索システム稼動。 |
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2001年 7月 |
太平洋保険学校(I.S.P.)が第39期生の派遣をもって終了となる |
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10月 |
豪州・ニュージーランドANZIIFの試験監督代行開始 |
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2002年 4月 |
損害保険講座の体系を一部改定 |
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9月 |
「業務部」を実態に合わせて「教育研修部」に改称 |
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2003年 3月 |
名古屋損害保険講座(本科通学)を廃止。日本保険学会事務局を生命保険協会へ移管(2010年4月から再び担当する予定)。 |
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2003年11月 |
創立70周年。8月から2004年2月にかけて記念事業を実施。 |
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2004年 6月 |
研究所附属図書館をトーア再保険本社ビル地階から損保会館2階へ移転 |